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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(オ)766号 判決 1972年1月25日

上告人

かやの木産業株式会社

右代表者

川合幸雄

上告人

近藤春子

上告人

近藤文祐

上告人

近藤雄三郎

上告人

近藤哲次

右五名代理人

林徹

被上告人

堀節治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人林徹の上告理由第一点について。

固定資産税は、土地、家屋および償却資産の資産価値に着目して課せられる物税であり、その負担者は、当該固定資産の所有者であることを原則とする。ただ、地方税法は、課税上の技術的考慮から、土地については土地登記簿(昭和三五年法律第一四号附則一六条による改正前は土地台帳)または土地補充課税台帳に、家屋については建物登記簿(右改正前は家屋台帳)または家屋補充課税台帳に、一定の時点に、所有者として登記または登録されている者を所有者として、その者に課税する方式を採用しているのである。したがつて、真実は土地、家屋の所有者でない者が、右登記簿または台帳に所有者として登記または登録されているために、同税の納税義務者として課税され、これを納付した場合においては、右土地、家屋の真の所有者は、これにより同税の課税を免れたことになり、所有者として登記または登録されている者に対する関係においては、不当に、右納付税額に相当する利得をえたものというべきである。そして、この理は、同種の性格を有する都市計画税にいつても同様である。それゆえ、これと同旨の見解のもとに、原判示(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の限度において、不当利得を原因とする被上告人の本訴請求を認容した原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法はない。被上告人が、確定判決に基づく抹消登記義務を履行せず、実質上の所有権を行使していた等の事情が、右請求権の存否に影響を及ぼさないことも、また、原判決の判示するとおりである。したがつて、論旨は、すべて採用することができない。

同第二点(一)について。

所論の引用する被上告人提出の準備書面の記載は、昭和三六年度から同四一年度までの固定資産税および都市計画税の納付に関する記述であつて、本訴請求に関係のある昭和三五年度以前の分および同四二年度分とは関係がないのであるから、これと対比して原判決の違法をいう論旨は当たらない。したがつて、論旨は採用することができない。

同第二点(二)ないし(五)について。

上告人らが、その主張にかかる各債権のうち、それぞれ、いくらを自働債権として本訴請求債権と相殺するのかを明らかにしない以上、右相殺の抗弁は、これを採用するに由なく、これと同旨の見解のもとに、右抗弁を排斥した原審の判断に、なんら所論の違法はない。論旨は、原判示を正解せずこれを非難するか、原判決の結論に影響のない傍論に対する非難であって、採用することができない。

同第三点について。

本訴請求債権は商行為に因つて発生したものではなく、五年の時効によって消滅するものとはいえないとする原審の判断は相当であり、所論の事情をもつてしては、これを商事債権とすることはできない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 天野武一)

上告代理人林徹の上告理由

第一点 原判決は判例に違反し、民法第七〇三条の解釈を誤つた違法がある。

原判決引用の第一審判決はその理由第二項において「被告(上告人)会社は、原判決添付の別表記載2ないし9の土地の課税額欄記載の額(そのうち1ないし4の土地建物については上告人ら原審勝訴)相当の、訴外近藤文雄(上告人ら中会社以外の者の先代)は同建物の課税額欄記載の額相当の利得をそれぞれ法律上の原因なくして不当に得、一方原告(被上告人)は同額の損害を被つたものというべきである。」と認定しているが、その認定は、次の理由により違法である。

(一) 原判決引用の第一審判決理由第二項は「登記簿上の名義人の変動が無効な登記によるものである場合は、真の所有者と登記簿上の名義人との関係においては、課税を免れた真の所有者は不当に利得したものというべきである。そして、このように解することが衡平の原則に適うものであることはいうまでもない。」と判示している。

(二) しかし、「不当利得ノ制度ハ、他ノ制度(本件ニ就テ云エバ右ノ如ク納税行為ガ無因行為トシテ原因ノ有無ニ拘ラズ有効トナル制度)ノ為ニ生ズル不公平ヲ調節シ、不当ノ利得ヲ損失者ニ返還セシムルコトヲ目的トスルモノデアル。故ニ此ノ制度ニヨリ返還セシメラレル利得ハ、常ニ不当ノモノデナケレバナラヌ。民法第七百三条ニ云ウ「法律上ノ原因ナクシテ」トハ此「不当」ト云ウ事ヲ少シク法律的ニ明確ニシヨウトシタモノニ外ナラヌノデ、コノ法律上ノ原因トハ、何ヲ云ウカニ付テハ概括的ニ云エバ「正義公平」ト云ウヨリ外ナイノデアル。シカシ只正義公平ト云ウ丈デハ余リニ抽象的デ漠然トシテ居ルカラ、コレヲ少シク具体的ニハツキリサセルタメニハ、各種ノ利得ニ就テ各別ニ考エナケレバナラヌコトニナルノダガ、之ハ只各場合ニ付テ何ガ正義公平デアルカヲ考エルノデアツテ、外ノ事ヲ考エルノデハナイ。……不当利得ノ問題ニ関スル限リ、形式的法律論ヨリハ寧ロ実質的経済関係ニ重キヲ置キ、正義公平ノ観念ニ合スル解釈ヲ採ラネバナラヌ。」(大審院昭和二二年四月二五日判決、新判例体系民法七巻三〇八頁)。

(三) しかるに、原判決及び引用の第一審判決においては、この点について、「実質的経済関係」について何らの判示をしていない。只原判決引用の第一審判決第四項において、「被告(上告人)らは原告(被上告人)において原告を登記名義人とする登記を抹消すべき義務あるに拘らず、抹消しなかつた故に課税されるに至つたのであるから、不当利得返還請求をなし得ないという。しかしながら、原告が登記を抹消しなかつた故に被告会社らに損害を蒙らせたことがあり、したがつてこれが賠償義務を負うことがあるにしても、そのことの故に原告において不当利得返還請求権を取得しないと解すべき理由はないから、右主張は採用しない。」と判示しているだけである。

(四) しかし、上告人らが原審及び第一審において主張立証したところは、第一審判決事実摘示(原判決引用)第二項(二)の各判決(乙第一号証の一、二、三)により、本件土地建物における被上告人名義の登記が訴外星野英策の偽造による所有権取得登記を承継したものであつて、星野は昭和二七年一二月二八日付和解契約書をもつて、その偽造を認めて登記抹消を誓約し、上告会社の被上告人に対するその登記抹消の訴は昭和二九年八月九日第一審判決言渡、(乙第一号証の一)、昭和三二年二月二八日第二審判決言渡(乙第一号証の二)、昭和三五年一月二一日第三審判決言渡(乙第一号証の三)により確定しているのに拘らず、その抹消登記義務を履行しないのみならず、更らに不法にも、右土地建物について昭和三一年一二月一二日受付第三一四一三号をもつて、同日付売買による所有権移転の仮登記及び同日受付第三一四一四号をもつて、同日付賃借権設定による十年間の賃借権設定登記をなし、右不動産を侵奪して、実質上の所有権を行使していたために、被上告人が本件税金を支払つたものであり、上告人らはそのため本件建物の所有権が行使できなかつたものである(上告人らの第一審における昭和四三年九月六日付準備書面、甲第一、二号証、乙第一号証の一、二、三)。従つて、右(二)の判例の趣旨により、本件に付民法第七〇三条の不当利得の規定を適用したのは違法である。

(五) この点については、原判決は少くとも釈明権を行使して明白にすべきであつて、審理不尽の違法がある。

第二点 原判決は社会通念に反して事実を誤認し、民法第五〇五条の解釈を誤り審理不尽の違法がある。<以下略>

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